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難攻不落の山城 ~高取城~
- 2009/03/18(Wed) -
登山口

ここが日本三大山城に数えられた高取城か・・・

狭い山道をひたすら登ってようやく辿り着いたこの場所こそが、
戦国時代から江戸時代が終わるまで続いた、
名城、高取城への入口である。

こんな山の上に城を造ったら、
攻め上がってくるだけで兵士達は疲れ果ててしまうだろうな。

車で上がってきた道のりを振り返り思う。

そびえる石垣

さすがに車でかなり上がってきただけあって、
石垣が見えてくるまで時間はかからなかった。

立ちはだかる岩壁。
城内へ攻め上がろうと思えば、
上から鉄砲の一斉射撃。
鉄砲の間隙をぬって駆け上がろうとすれば、
落石攻撃にさらされる。
周りの兵士達がバタバタと倒れ、怯んだところに
城側の兵士が打って出る。
勢いに乗った城側の兵士を止める手だてはなく、
攻撃側はなすすべもなく敗走していく。

かつて天誅組もこの城を奪取しようと攻め込んだらしいが、
このようにして敗退を余儀なくされたのだろうか。

迷路のような石垣群

運良く攻め上がることができても、
そこには迷路のように組まれた石垣群。
おそらくかつてはこの石垣の上に
銃口を突き出すことのできる穴の開いた白壁が
造られていたであろう。

頭上にそびえる本丸に攻め上がろうとしても、
この石垣によって迂回させられる。
その間に味方の軍勢は次々と銃弾に斃れ、
気がついた時には逃げ場も失い、
ただ銃弾に打たれるのを待つのみとなる。

高取城の城郭

この城が攻められたのは歴史上、二度ある。
一度目は関ヶ原の直前、
石田三成の西軍が東軍に所属するこの城を
切り取ろうと支軍を差し向けた時。
この時、主力は徳川家康の上杉討伐に従軍して不在にもかかわらず、
松倉重信率いる西軍を撃退している。

二度目は天誅組の乱。
政変によって孤立した尊王攘夷派の士は
この高取城を攻め落とそうと兵を進めてくる。
しかし、この堅固な山城に寄って戦う高取藩は、
数で何倍にも上回る天誅組を撃退。
中山忠光率いる天誅組は吉野へと落ち延び、
やがて各地で打たれて壊滅していく運命を辿る。

はるか下方見える町並み

はるか下に見える町並み。
かつての城下町があった場所なのだろうか。
戦国期の要害ならまだしも、
平和な江戸時代の城としては、
いささか町並みと離れすぎているような気がする。

この木は何を見たのか

ひときわ大きく目立つ杉の木。
この木は歴史の何を見てきたのだろうか。

人が去った後の城には、
杉の木々だけが生い育っているのみである。


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