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総落差150mの連瀑帯 ~銚子の滝~
- 2015/06/13(Sat) -
愛媛県新居浜市銚子の滝
このあたりは海岸線から険しい山が近く、10kmも進めば1500mクラスの四国山地にぶつかる。
今回訪れた銚子の滝も、海近くの国道から10分ほど林道を進めば
もうそこは山深い秘境の地。

入口の看板

途中の林道は道幅も細く、よく落石で通行止めになるような場所なのだが、
今回は無事にたどり着くことができた。
銚子の滝の名前は今まで聞いたことがなかったが、
いかなるものなのだろうか。
林道の終着点が駐車場になっていて、そこから看板にしたがって奥へと踏み込む。

小滝が連続する渓谷沿いのm地を進む

遊歩道はそれなりに整備されていて、歩くのに困難はない。
遊歩道の隣には渓流が流れていて、
雨の降った後にもかかわらずなかなか綺麗な水だ。
四国の川の水はどこへ行っても抜群に綺麗だが、
愛媛県の石鎚山周辺の川の水はその中でも一つ飛びぬけて美しい。

視界が悪く

しばらくは視界が悪く、川が見えたり見えなかったり。
それでもときおり見える小さな滝が連続する渓流に心癒される。

壮大な滝

5分ほど歩くと視界が開けて、目の前に壮大な連瀑帯が飛び込んできた。
福井県の仏御前の滝にも似た雰囲気だが、こちらはそれよりスケールが大きい。
最上段から落ちる直瀑が銚子の滝だろうか。
少し事前に調べた時の写真と違う気もするが。

本当の滝はその上流に

いや、本当の滝はその奥だ。
先ほどの連瀑帯より少し奥に見事な直瀑が落ちている。

銚子の滝は落差30mと表示されていたのだが、
これは奥の直瀑部分のみのようだ。
普通の滝の落差は手前の段瀑なども入れて総落差をかさ増ししたりするのだが、
こちらは何とも正直な表示。
この位置から見ると、本瀑から連瀑の下まで一望できて、
総落差で100m以上はあるだろう。
雨後で水量が多少増えているとは言え、これは愛媛どころか100選レベルの名瀑ではないか。


手前の急階段

滝に近づく道にはこのような急階段が。
険しい谷なので道を作るのも大変だろう。

階段からの眺め

階段から先ほど本瀑と間違えた滝が見える。
水が二手に分かれた片方の滝だったのか。
なぜか水量が少ないなぁと思っていたら、こういうことだったのか。

銚子の滝本瀑

銚子の滝の前に到着。
落ち口が銚子の形に見えることから、銚子の滝と名づけられたというが、
どうだろう・・・
滝壺から少し平坦な流れになって、その後に先ほどの連瀑帯に続いている。
この少し平坦な部分が別の滝と言う扱いになったのだろう。
下の滝にも名前をつけて、総落差150mの連瀑!とすれば、
もう少し観光地になりそうなものだが。

たぶんこれで30m

落差30m。うん間違いない。
この滝単体なら30mという表示は正しいだろう。
30mを50mぐらいに表示してしまう滝も多いのだが、
この滝はまさしく30mの直瀑。

雨で増水中

いつもより水量が増しているのだろう。
水が塊になって滝つぼの水面に打ち付けられる。
打ち付けられた水は飛沫となってあたりに漂い、
これ以上の接近を拒んでくる。

水が塊になって落ちる

手前の岩を乗り越えれば滝つぼを見渡せる場所にいけそうだが、
水しぶきで濡れた岩がかなり滑るのでここは無理せずズーム撮影で我慢。
空中に投げ出された水の塊が砕け散りながら落ちていく。
なんとも大迫力。

綺麗な直瀑

この日も天候が悪かったせいもあるだろうが、
観光客は1人遭遇したのみ。
何とももったいない名瀑。
いや、自然を守るためには観光地化されない方が良いかもしれないのだが・・・


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天空の夢跡 ~別子銅山跡(東平ゾーン)
- 2015/06/07(Sun) -
東洋のマチュピチュ

標高750メートルの山腹に築かれた別子銅山
江戸時代から採掘が始まり、昭和48年に閉山するまで
日本産業の一翼を担う存在であり続けた。
最深部は海抜マイナス1000mまで掘り進められ、
運搬用のトンネルが麓までつながっているなど、
山全体が銅山という、世界でも屈指のスケールである。

かつてこの鉱山には1万人もの人が住む村があり、
病院や学校も建てられていたという。
閉山以降は急速に自然化が進み、現在では300年の栄華も消え去ろうとしている。

霧が立ち込める

別子銅山へは麓から離合困難な細い道を上がってくる必要がある。
道中、標高が上がるにつれて霧に包まれて視界がほとんどなくなり、
ライトをつけて慎重に車を進めるような状態になってしまった。
けれど、さらに標高をあげると雲の上に抜けて、
そこには別世界が広がっているという、まさに天空の城ラピュタのシーンのような
出会いが待っていた。

時折、風で霧がかかって見えたり見えなくなる、
朽ちたレンガの遺跡は、まさに幻想的だった。

変電所跡へ

小雨が降る悪天候が幸いして、観光客の姿もまばら。
その人目をさらに避けるように、まずはさらに奥の変電所を目指す。
崖沿いの遊歩道といった感の道を15分から20分進む。

社宅跡

途中には社宅跡の石垣が現れた。
先ほど見たレンガ作りの建物とは違い、中世の城に見られるような、
石を積み重ねて造った様な石垣。
初期の頃の石垣か、社宅にはそれほどお金をかけずに造ったのか・・・
いずれにしても長い歴史を感じる。

松林の奥に建物

山道を抜けると突然視界が開けて、松の木が林立する広場に到着した。
このとき少し日差しが戻り、緑に光が当たって急に色めいてきた。


レンガの建物

奥の石垣の上には1軒の建物。
今度はいかにも洋風な感じにまた面食らう。
ここの石垣はしっかり作られていて、さきほどの社宅跡とはまったく異なる。
変電所跡、と看板に表示されていた。
施設の建物はさすがにしっかりした造り。

変電所

緑に赤いレンガの廃墟。
なぜかこれだけで芸術になってしまう。
こんなシーンはテレビゲームかアニメの世界でしか見た事がない。

変電所内

扉が開いているので入っても良いのだろう。
廃墟に入るのは少しドキドキして、緊張しながら中に足を踏み込む。
少しかび臭い匂いとともに視界に入ってきたのは、
思いのほかガランとした空間。
割れた窓ガラスと今にも崩れ落ちそうな階段。
変電所だった形跡は残されておらず、普通の家のような感じだ。

今にも崩壊しそうな建物なのでぐるっと探索して早々に外に出ることにした。
それにしてもこの時代の建物は窓一つ取ってみても芸術性にあふれていて、
なにげに写真を撮ってみても絵になる。

開かずの扉

広場に戻って今度は別子銅山に残された通洞の一つ第三通洞へ。
この穴はまっすぐ横に山を貫き、かつては人々がこの東平を行き来するのに使用した道である。

4キロ続いていると言う

今は立ち入り禁止で入ることはできない。
覗き込むと光が届く限りまっすぐに伸びる通洞。
長さは4000m近くあり、当然のことながら出口の光など見ることはできない。

それにしても黄色い扉だけでもなぜか芸術的。
これは当時造られたものなのだろうか。

火薬庫

広場の周りにはもう一つの穴が開いている。
これは火薬庫とあった。
鉱山だけであり、岩盤を破壊するためにダイナマイトなどを
保存したのだろう。
出口が奥まった場所にあるのは、誤って爆発した際に
被害を最小限にとどめるためらしい。

当然立ち入り禁止

こちらも残念ながら立ち入り禁止。
火薬庫の扉は第三通洞と違い無機質な鉄の扉だった。



マイン

変電所近辺を散策した後は、いったん駐車場付近に戻ってきて、
今度は最初に見た貯鉱庫跡や索道停車場跡を探索することに。
この建物はマイン工房といって、現在は展示や体験などを行う建物になっているが、
かつての保安所の建物を利用しているらしい。
この階段の下は第三通洞を通る電車のホームだったらしい。

中世の城の石垣みたい

山の斜面に築かれた階段と建物の痕跡。
かつては山全体に施設が設置されていて、人々が暮らしていた。
今は石垣にも緑の苔で覆われてきており、
このままでは自然に飲み込まれてしまうことだろう。

病院跡

少し林の中に踏み込むと、至るところに遺される建物の痕跡。
ここは病院跡。
建物は残されていないが、こうして門だけ残っている。

山城跡のよう

石垣で組まれた道は、まるで戦国時代の山城のよう。
こんな石垣が見渡す限り残っている。
銅山全体で1万人もの人がここに暮らしていたと考えると、
当然だとはいえるが、この光景だけを見ると、
あたかもかつて古代文明が存在したかのように思ってしまう。

娯楽場跡の謎の堀

こちらは娯楽場。
なぞの堀がある。一体、何に使われたのだろう。

社宅跡のかまど

社宅跡に残されたかまどのあと。
今で言うワンルームマンションのように、集合住宅がたくさんあったことを想像させる。
確かにここは長崎の軍艦島のように、人々が銅山のために暮らしていた場所。

これは要塞

ぐるっと回ってスタート地点から見下ろしていた索道停車場跡にやってきた。
上部に見える貯蔵庫からここへ鉱石を降ろし、ここから列車を使って麓に下ろしていたという。
圧倒されるような巨大な建造物。
ここから見上げると要塞のようだ。

銅の痕跡

かつて銅山であったことを想起させるかのように、
茶色の液体が石の隙間から染み出している。
近づいてみるとこの建物の堅牢さが良く分かり、
どれだけ力を入れて銅山を開発していたかが理解できる。

廃墟

しかし今やかつての繁栄も夢の跡。
むき出しの鉄骨が時代の終わりを象徴している。

貯鉱庫

もはや完全に役目を終えた鉱石の貯蔵庫。

染み出す銅

銅の錆びた匂いと茶色く染まる石壁。
人々が富を求めて掘り尽くした自然の遺産は、
その自然の力によって無に戻されようとしている。

崩壊するレンガ

東洋のマチュピチュとも称される別子銅山
本家のマチュピチュと同じように、いづれは失われた空中都市として、
歴史の中へと消えゆく運命なのかもしれない。


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